急性期治療を中核にした都市型の精神科病院

医療法人聖和錦秀会 阪本病院

精神科・神経科・心療内科・内科・歯科


診療部ブログ

口の中は全身状態のバロメーター!

またまたやってきたブログの締め切り.とりあえずパソコンの前に座るも,寒いっ!週末にやっと出したこたつの中は飼い猫A~Eに占拠され,足を伸ばそうものなら容赦なく噛んでくる.猫ドアから吹き荒れる寒波が家の中にも襲来し,無理やり自然を満喫させられる.そんな逆境にもめげず,頑張ってブログを書き出す.すると,今だとばかりに飼い猫Fがキーボードの上をダッシュする.「Alt」キーが吹っ飛ぶ・・・

ということで,今回も大好きな猫と歯科を無理やりからめて書くことに.

 

2年前,職場の同期が子猫を拾ったが飼えないということでうちにやって来た虎徹ちゃん.来た当初,片目から大量の膿を出していた.目薬をさしながら膿の向こうに目の玉があることを祈ったが,願いはむなしく片目の虎徹ちゃんとなった.片目だけど毛並みはミンク級,可愛さ抜群で,いつも人間の傍から離れなかった.虎徹ちゃんが生後6ヶ月の時,不治の病を発症した.つらい闘病生活だったが,そんな中役立ったのが、口からのサインだった.調子が悪い時は歯ぐきが真っ赤になる.貧血がひどい時は歯ぐきが真っ白になる.そんなサインに一喜一憂しながら,鉄分の多い食事をあげたり薬を飲ませたりしていた.1年という短い命だったが,今は虹の橋のたもとで元気に走り回っている.

 

虎徹ちゃん

 

半年前,家の前に捨てられていた生後数週間のぐふちゃん.ぐふちゃんは飼い主に似て非常に変わり者である.猫がまっしぐらするはずの「カ○カン」に目もくれず,猫大好き「フ○スキー」は特に好きではない.興味があるのは獣医師の推奨する「ア○ムス」や「サ○エンスダイエット」といった高価なキャットフードばかりである.獣医師が推奨するもの以外は食べませんといった感じで,他の猫達が正気を失うおやつもアウト・オブ・眼中.そんなぐふちゃんは先天性のてんかんと闘って生きている.なかなかの難治性で未だにコントロールができていない.心配なのが仕事で家にいない時である.てんかん発作が起きたかどうかわからない.そんな時役立つのがこれまた口からのサインである.てんかん発作時に犬歯で唇と舌をよく傷つけるので,傷の有無で発作を起こしていたかどうかわかるのだ.

 

ぐふちゃん

 

人も動物も同じです.口の中をよ~く観察してみましょう.日々の変化に気付くはずです.

 

歯科

 

2012.02.01

新しい年を迎えて

2012年が始まり、早いものであと1週間ほどで1ヶ月が経とうとしています。

寒さは相変わらず厳しく、おかげで肩こりがひどくなっているこの頃・・・。

 

突然ですが、ここで皆様にお知らせです!!

私達医療福祉相談室は、昨年末に引越ししました!!

その場所はなんと・・・

 

阪本病院の人気者「むさし」のお隣です。

むさしの声を日々聞きながら、今年も一生懸命頑張りますので、皆様どうぞ宜しくお願い致します。

 

ところが引越ししたのも束の間、問題発生!!

部屋が寒い(>о<)

暖房器具を買い揃え、暖かくしている状況です。

しかし、そんな中、個人的なことではありますが、昨年、無事に結婚式・入籍を済ませたこともあり、私は毎日HOTな気分で仕事を頑張っております☆★

あまりのろけ話は聞きたくない!!と思われるかもしれませんがせっかくなので少しだけ・・・

 

一生に一度の結婚式。

2人でなんとか時間を作り、準備を重ね迎えた当日。

新郎がまさかの寝坊・・・

一緒に式場に行くはずが、先に1人で行くハメに(>_<)

披露宴で流すプロフィールビデオを朝方ギリギリまで一生懸命作ってくれており、終わった安心感でぐっすり眠ってしまったのかもしれません(笑)

そんなハプニングもありながら結婚式が無事に終わったのも、たくさんの方の支えがあってからこそ!!

昨年3月に東日本大震災が起こり、人々の絆が再確認された1年だったと思います。

私自身、結婚したことで家族・友人・職場など本当にたくさんの人に支えられていることを改めて実感した年でもありました。

 

2012年はどんな年になるでしょうか??

皆さんは今年の目標立てましたか??

ちなみに私の今年の目標は「料理を上達させること!!」です☆★

おすすめレシピがあれば教えてください(^-^)/

 

結婚 イメージ

 

医療福祉相談室

 

2012.01.25

幸せは小さな「ありがとう」から

2011年3月11日の東日本大震災は、日本人の各人が最近まで長く気付かずにいた日本人の素晴らしき特性を再認させた。震災後の各所で用いられる言葉に「絆」がある。この言葉はこれまでにも様々な天災・事故などの後に聞かれていたが、今回の震災ではっきりと各人の意識下に出てきたといえる。その中に家族の絆、地域の絆といった小規模共同体の中での絆が再認されたことが特に大きい。最近の世相としては、家族や地域のコミュニケーションが崩壊したことに視点が向き、社会に起きる状況が何から何までネガティブな面から取り上げられていたといえる。こうした状況にあって震災の勃発によって「絆」という言葉が浮かび上がったのは、その重要性に自らが気付いただけでなく、その「絆」という強みを日本人の特性として持っていたことを再認できたからである。

 

震災後の復興には、インフラの整備が最重要課題で、多くの人員が復興地域に集まってきている。こうした地域で集いあった人が住民と絆を結び、その地域社会における復興にむけて、ポジティブにベクトルが向いていくことが好ましいことは言うまでもない。しかし、最も素晴らしい動きは、復興地域で独自に芽生えている絆意識に対して、復興地域外において共感が生まれてきたことである。

 

震災後日本全体が抑うつ気分に浸る中で復興地域に発した絆からのコミュニケーション活動がその後、徐々に日本全国に広がりつつある。フィードバック現象のように相互における独自の絆意識を向上させてきているのである。復興地域では仮設住宅などで相互コミュニケーション向上を目指して、様々な企画がなされている様子がマスコミにて報道されている。そこには被災の深刻さを超越した相互感情の共感や連帯感が強く溢れ、ひたすらに前向きに生きようという真摯な姿が笑顔として現れている。こうした状況を日々マスコミを通して伝えられると、復興地域外においても、自らの地域においても、地域住民同士の共感・連帯感を求める気持ちが生じるのは必然といえるかもしれない。

 

先日、地下鉄の駅から仕事先までの途において、とても気分の良くなる光景を目にした。そこは最近マンションの乱立する地域で、車が多く走る。普段歩いていて、住民同士が会話している光景はほとんど目にしたことがない。同じマンションでも出入りする人同士がすれ違っても、挨拶もみられない。私もマンション生活の頃は同様な環境にいたので、その状況は何ら不思議もなかった。むしろ、そうしたコミュニケーションの過疎化が当然のように感じられていた。そんな中で「絆」を感じさせる光景を目にすることができたのである。

 

1人の50歳ぐらいの女性が買い物から帰ってきたのか、マンションに入ろうとしていた。その折、青年が急いでマンションから駆け出てきた。急いでいたためか、コートに入っていたティシューの袋が地面に落ちた。女性が「おにいちゃん、ティシューが落ちたわよ」と声をかけると、急いでいた青年は振り向き、一瞬とても面倒くさそうな表情をしたが、女性のほうが拾って笑顔で青年に手渡す仕草をみせると、青年は受け取りに戻った。女性はただ、「はい」と手渡したのだが、青年は「どうもありがとう」と言って、ティシューを受け取った。ちょうど、そこがマンション玄関であり、手動のドアの場所であった。そして、女性が買い物帰りからで袋を片手に持っていたこともあった。青年はティシューを受け取った後、ドアを片手で開けて押さえると、女性に中に入るように仕草した。女性も「ありがとう、おにいちゃん」と言って、中に入っていった。とても急いでいたような青年が見せた思いやりの行為。こうした状況は、一昔前は日常茶飯事であったかもしれない。しかし、マンションに出入りする人同士で挨拶すらない情景が当たり前のようになってきた最近としてみると、とても異なった雰囲気が漂ったのである。さらに、この情景を見ていたのは私だけでない。そのマンションの前を歩いていた何人かの目に自然と入ることになった。私が気分の良くなったのは、彼らにとても素晴らしい笑顔が見られていたことである。青年と女性とのコミュニケーションが何かの共感を感じさせたのか。それこそが「絆」の原点ではないだろうか。

 

人が幸せ感に浸れるのは、その人に利益をもたらすような快感が生じた時に限定されるものではない。日々の小さな感謝の気持ちが自然の笑顔につながり、幸せの気持ちに至るのである。

 

 幸福

 

医局

 

2012.01.18

肩幅のものがたり





肩幅のものがたり



 

新年おめでとうございます。

新しい年を迎える時、日本では"年神様"がやってきて、古いものをすべて新しくしてくださるそうです。

鷲毎年毎年、それは本当にそうだなあ・・・と感じられていたことが、成人するに従い外国由来の楽しげな諸々・近代的な生活に呑まれてしまって、"昨日の続きの普通の今日がお正月"・・・といった新年が増えてゆくのは、残念かつ反省すべき点だなと思う近年です。

出来る限り、年神様をお迎えできるような日本人のこころの在りようを自覚的に受け継ぎ、現代を生きてゆきたいものです。

さて。

ちかごろは外国由来というまでもない近代型ツール"コンピュータメディア"の発達により、ブログなどをこうして活用することも増えました。

本の冊子すら、切断し画像化されメディア化されることが、何やら「最新」「便利」と過大評価されたり、「侵害」「問題」と感じ声をあげる作家が現れたりと、様々な価値基準が存在する時代です。

 

文と黒猫今回のおはなしは、そんな現代よりもう少し以前の日本のおはなし。

わたしたち日本人は「絵巻物」という形式で、世に語り継がれる重大ニュース*1や、読者限定漫画*2官公庁の恋物語*3生きてゆくのにちょっと(ずいぶん)イイ話*4・・・などを残す時代がありました。

「巻物」というと、皆さんはどのようなものを想像されるでしょうか?

たとえば偉い殿様が、小走りに駆け寄ってくる家来から渡された巻物を、びら~~っと長々ひらいて「なにい!?」と怒り立ち上がり、「おのれ○○め!ええい出陣じゃ!!」などといった場面を想像されるかもしれません。

ところでアレ。

あの長々と開いて読んだあとのアレ。

いったい誰が巻いて戻すんだろう・・・?とか思いませんか。

本来、アレが活用されていた時代においては、巻物はもう少し上手に見ることができるものでした。

睡蓮軸になる棒に、長い紙が巻かれており左右の両手で、肩幅ぶんだけ開いて見ては、左側の巻かれた部分を繰り出していくものだったようです。

見終わったぶんは、右へ右へとその場でクルクル丸めて納めてゆきながら、同時に新しい紙を繰り出していく・・・というのが本来の「巻物」および「絵巻物」の見方であったと言われています。

現在、私たちはサランラップもトイレットペーパーも、右へ左へ縦横無尽に出しっぱなしの現代っ子であります。

巻き直すのは、卒業証書を筒におさめるときくらいではないでしょうか。

こうして、現代っ子にはもう体験されることはなくなった【見る&巻く(繰り出す・納める)】=アタマとカラダの同時進行作業は、実はとても刺激的なエンターテイメントであるように思われます。

『描かれたものを認識する』という思考型の営みが前景となりながらも、その思考に併せたタイミングで自ら『引き出し、納める』両手の動作が同時に行われる、思考+運動型の営み=絵巻物を見ること、と言えそうです。

行雲実際、信貴山縁起絵巻では、右へ右へと絵の世界を繰り出して見てゆくと、どこまでも続く山並みの向こうから雲に乗って護法童子がやってきます。

3D映画アバターに驚かされた近年ですが、ああした体験に比して劣らぬインパクトにはとても心を揺さぶられます。

これっていったい、なんなんでしょうか?

七福神現代における画像的な仕掛け、3DやCG技術に共通しているのは、「そこにはないけどあたかも本当に体験しているかのような!」を狙ったものです。

日本においては、およそ1000年前から絵巻によって、まさにそれと同じことが体験されていたのです。

実際、絵巻を見ていると、とっても簡単に「その絵の中に自分も入る」ことができます。

3D映画など最新技術の仕掛けは、あくまでも"受け身で体験させられる"ことからスタートする「人工的」な面もウリです。

いっぽう日本古来の絵巻仕掛けは、"見ている世界"と"体験している自分"の区別がつかない原始的体験に自然と立ち返り、より生身を晒して不思議を体感するものである、と特徴づけられそうです。

こうした心性は、"神様仏様がお迎えに来た"、"たたりがあった"等と表現されてきたような不思議さを、リアルに体感できた昔の人のこころの在りかたにもつながっているようです。

これらは決して、「科学のない時代の迷信」や「原始時代の未発達な人間像」とばかりもいえません。

先般、才能ある年若いアスリートのお母様が他界され、"生前よりもより近くにいるのを感じ"ながら、競技をやりぬいたことを語る姿が報道されました。

私たち人間は誰もが、とても個人的な体験のなかに、こうした「人にはあまり言わない大切な」不思議ともいえる体験を時々は抱えているものです。

現代っこの私たちは、クリアな人工的仕掛けは最新技術として堪能でき共同体験もできます。

でも、仕掛けナシの不思議体験は、とても個人的な側面があり共有されにくく、疑わしい・信じない・いっそ精神的な調子が悪いなどと自ら分類してしまいます。

3D映画アバターは皆で体感できても、神様が降りてきた的発言には、おいおい大丈夫だっけ?と心配してしまいます。

そうした現代の価値観と、日本古来の人の体験のあいだについて考え、こころの在り方の変遷を検討することは、今を生きる私たちが何かしらヒントを得るために大切な営みであるのかもしれません。

 

巻物今回ご紹介した「絵巻物」の仕掛けには、そうしたことを多く考えさせられる何かがあります。

現在はすたれてしまった、でも今なお新鮮な仕掛け「絵巻」は私たちを惹きつけてくれます。

絵巻が数多く制作され始めたのは、平安時代末期。

動的・身体性・躍動感といった、生きることのリアルさを真正面から受け取らされるような芸術作品群の多い時代です。

折しも今年のNHK大河ドラマは「平清盛」。

動的な絵巻が生まれてきた時代の日本人のこころが、現代人によりどう描かれるか、そんな側面からも楽しめるかもしれません。

 

臨床心理室

 

*1 伴大納言絵巻
 

誰が大天門に火をつけたか?という犯人探しとその捕り物騒ぎが、ごった返す人波の中に描かれた平安中期の作品です。まるで自分も、その人の波にもまれているような至近距離での活写に心が動かされます。

 

*2 鳥獣戯画

シーサーウサギとサルが相撲をとっている場面が有名ですが、甲乙丙丁の4巻が現存、擬人化された動物だけではなく、架空の動物(キリンビールの麒麟とか)や、当時の人が将棋をさしたり、頭にヒモかけてひっぱりあう(芸人がストッキングかぶってやるアレ的な)遊びをする様子も描かれています。描かれた時代はそれぞれ異なるようで、作者も確定され難い作品群ですが、お寺で修業を頑張る小僧さんたちに楽しんでもらうために、お坊さん連中がこぞって準備したものであるともいわれています。

 

*3 源氏物語絵巻

御行車日本四大絵巻のひとつ。特に有名にさせられて古文の授業でも習わされるし、漫画も有名なのがあるし、ジャニーズ事務所の俳優で映画化もされた、あの源氏です。なんでこんなに取り上げられるのか?あれは当時の官公庁あたりの偉いさんとその取り巻き連中だけの話ではないか・・・と思わされます。"そんなこと現実にナイナイ"と突っ込む平静さを失うくらい、当時のトレンディードラマ的な位置づけであったようです。実際、絵巻物は当時の子女教育の証拠品であり(社交や知識の教育に使用されました)、色恋沙汰ばかり描かれた物語系のものは、当時のお父さんも嫌って娘に見せなかったそうです(と、光源氏が玉鬘にいっている場面があります。自分のことを棚に上げて)。

 

*4 信貴山縁起絵巻

自分が住んでる山ん中まで、超能力でデカイ米蔵ごと飛ばして持って帰るくらいに力のあるお坊さんの、家族との情愛も含む説話短編集のような形式です。自分が空中に飛んで見ているような気分になれる鳥瞰図が多くあります。

 

素材提供:篆刻素材AOI

 

2012.01.11

またしても「べてるの家」、そして次の公開研修セミナー

また、べてるのことかと思われてしまうかもしれません。

しかし、なかなか近づけない目標であり、何度でも考えてゆくしかないと思います。

「べてるの風を感じる」講演会の後の二次会でべてるの人たちと過ごしましたが、こちらの当事者さんも一緒にお酒も入っての会は新鮮なものでした。

この居心地の良さはどこから来たのでしょうか。

「べてるの家から吹く風」という本を読んでいたら、田口ランディさんが、「私はこの本を読んで、何かしてあげたい病気から解放されて、一緒に絶望し、一緒に笑えるようになりました」と書かれていました。

向谷地さんが自分の子供たちに語ってきた言葉は、「この時代と、向谷地家に生まれてきたことの二重の不幸を生きなければならない」という事だとこの本に書かれています。

それに倣っていうと、こういった問題意識で生きる事は、「我々は現代の、変わらなければいけない精神科病院に勤めるという事と、阪本病院に勤めるという事の二重の不幸を生きなければならない」という事になるでしょうか。

この向谷地さんの、どんな問題にも逃げずに取り組み、生きてこられた絶望の深さには及び難いのですが、我々なりに立ち向かっていくしかありません。

公開講座でやろうとしていることも、ささやかながら現状に我々の視点で向き合うことです。

昨年11月28日に当院で開催した講演会で、仁愛大学大学院(臨床心理コース)教授三脇康生先生に話していただいた「斜め性」というのは、制度精神療法から見た人間関係の在り方です。

ここでは弱さでつながるといわず、斜めにつながるというのでしょう。 

今月28日に京都大学名誉教授大東祥孝先生に来て頂いて開催する予定の「精神医学再考」についてのセミナーにも同じ狙いがあります。

最後に付け加えたセミナーの呼びかけの文章を見ていただければ幸いですが、精神医学における心身の分裂をいかに克服するか、そして、いかに社会に問題提起をしていくかを考えたいと思います。

べてるの家は宗教が背景にあるから真似ができないなどと言われますが、そうではなく深めていけば近づけるのだと思います。

 

現代の精神医学、精神科治療の問題は何か?(一連の阪本病院主催セミナーへのご案内)

日常診療レベルから、社会的治療体制、学問的レベルまで疑問と困惑が山積していると思われる。

今回、阪本病理学研究所から援助を受けて、公開セミナーを開くに当たり、この困難な状況を解決するのに、的確な問題把握とその処方箋を書けるように、皆さんのご協力をお願いしたい。

 

まず、基本的な問題として、よく言われるように心身の分裂が癒されないで人間の全体像を見失っていることが考えられる。

そこから如何に、bio-psyco-socio-spiritualな全体像を取り戻すか。

まず、出発点として心身の分裂を克服しようとしたアンリ・エイの器質力動論と更にそれを乗り越えようとする八木剛平氏らのネオヒポクラティスムを取り上げてみる。(以下は主に八木の「二十世紀の心身一元論」に依っている。)

エイはベルグソンの哲学を援用しながら、心身二元論の分裂を乗り越える「心的身体」のモデルを考える。

身体と精神は分かたれず重ねあわされ、時間的発展と総合的組織化の内で「人間」にまで形成される。

精神疾患とは「心的身体の組織化」の解体であると考えられる。

そして、19世紀の器質的機械論と20世紀の心理力動論が止揚されるとエイは考える。

器質力動論は一定の評価は得ているが、しかし、ネオヒポクラティスムでは器質力動論が心的身体の組織解体プロセスの陰性条件にのみ働きうる生物学的治療が、まず、何よりも重要とすることに異を唱える。

「エイの治療観はすでに破たんした病因志向的、病理拮抗的な治療思想の延長上にあると思われる」と、回復論的視点の欠如と、「生物学的方法と精神療法的方法との相補的活動について、生物学的治療がまず何よりも重要であるとの仮説は、心の病によってもっぱら心のことを考えさせられている患者にとって、的外れの治療観と考えられるのではないか」と指摘する。

この病因―欠陥志向の問題点は、リカバリー理念のもとますます明らかになっていると思える。

 

そして、八木らは、脳科学の進歩により実体のない「心」が、実体として存在する脳神経細胞によって回路網の活動を通して作りだされることが明らかになり、「スーパーシステム」としての脳が見えてきたことにより意味とか価値とかの理解に近づいてきたという。

また、心的身体は組織化され他の身体と交錯するという。

ここで「他者」「社会」「意味」へ広く展望は得られたかに見える。

しかし、それは可能性にとどまり現実のものになっていないといわざるを得ない。

そこで出来る限りこの可能性を押し広げることが必要ではないか?

対象関係論では、抑うつポジションに至り、「母」の全体像を認識することによって「愛」への目覚めがあり、以後それを巡って成長が続き、「他者」との「関係」の次元が、人と人の「間」が開かれる。

ここに至って、その人全体の中に「問題」「欠陥」を位置付ける可能性が開かれ、思いがけない回復が起こり得る。

八木の言う「自然治癒力」はこういった大きな広がりの中におかれて考えられるべきだと思う。

それは希望の、生きる力の刺激によると言えるし、愛の力によるともいえる。

 

加藤敏氏は、「主体が言語世界に挿入されるという意事は、それと引き換えに主体が自らの存在にとって核になるであろう名付けようのない『もの』ないし存在を喪失し、内的死を経ることで主体が構造化される」とし、この喪失を構造的メランコリーと呼んだ。

この失ったものとは何であろうか?

ベルグソンは「生命全体は、物質の降下運動がそれに逆らう上げ潮のようなものである。」「生命の根源にある超意識は、創造への要求であり、生命の躍動である」という。

回復は、この生命に触れ、力を得る事によるのであろう。

更にその接触から、保護と安全を与える代わりに抑圧的になってしまったある種の自然―社会組織との関係を断ち切り生きる力を得ることができる。

 

これは抽象的な理論ではない。

たとえば、べてるの家の向谷地氏は、病の「苦痛」を「苦労」に変え、苦労を取り戻し、苦労を意味ある「苦悩」に変えて生きる事を提唱する。

降りていき、この「死」「根源的生命」に触れながら生きる事を。

 

かくしてbio-psyco-socio-spiritualに一貫した視点を持つことを提案した。

冒頭に書いたように現在の精神医学、精神医療の問題解決に少しでも役立てる公開セミナーの為のたたき台となることを願い、ご協力をお願いしたい。

 

べてるの家 交流会風景

 

院長

 

2012.01.10

アニマルセラピー

<アニマルセラピー>

 

 当院で人気の「むさし」と「ココア」が、現在しつけのレッスンをしてることはご存知でしょうか?きっかけはOTで「むさし」をセラピー犬として活躍してもらえないかという要望からです。そこから知り合いのOTRにアニマルセラピーに詳しい先生がおられたので、その先生の紹介で「日本動物病院福祉協会」からレッスンの講師を派遣していただくことになりました。日本動物病院福祉協会は通称JAHA(ジャハ)と呼ばれ、人と動物との共生社会を実現するために、動物病院を核として地域への社会活動を推進することを目的にしています。具体的には動物医療に関する教育事業、アニマルセラピー事業、動物医療に関わる専門職の資格付与関連事業など幅広く活動されています。講師の先生も家庭犬しつけインストラクターの資格をお持ちになっており、先生の愛犬もボランティア犬として活躍されています。

 

むさしとココアのレッスンは講師の先生、JAHAを紹介して下さったOTR、主にむさしとココアの世話をしている他職種の職員、各部署のOTRで今年の11月より始まりました。

 

レッスンを始めた頃のむさしは、人と触れ合あったり自由に動けることが嬉しすぎてなかなか興奮が収まりませんでした。ココアの方はよくお世話をしてる職員以外にはあまり近寄ることはみられませんでした。そこで、むさしは「人といても落ち着いていられる」、ココアは「人を好きになる」ことを目標にしました。あれから約2ヶ月経過し、むさしとココアは着実に経験を積み重ねていってます。もともとゴールデン・レトリーバーやトイ・プードルは能力が高いそうです!むさしは「おいで」「お座り」「伏せ」「待て」などの指示に従い、その通りに動けるようになってきています。ココアも指示に従う他に、人に対しての抵抗感が和らいできた感じがします。写真はレッスンの様子です。人も犬も真剣ですね!

 

むさしとココア 集合写真

今後もレッスンを継続し、むさしとココアが成長した姿を患者さまも含め、皆さんに見て頂きたいと思います。そして、いつかセラピー犬として活躍する日が来るよう、温かく見守って頂けたらと思います。むさしとココアに乞うご期待★~

 

作業療法室

 

2011.12.21

恐怖の手足口病

【手足口病】 ウィルスによる夏風邪の一種。名前のごとく手・足・口に米粒大の水疱性の発疹ができる。手・足にできた発疹は痛みや痒みは少ないが、口の中にできたものは痛みが強く、食事がしみて飲み込みにくくなる場合もある。時に37~38度の発熱が見られるが高熱になることはなく、通常1週間程度で自然に治る。

2011年、私のワースト1の出来事・・・それは今年の夏、乳幼児の間で大流行した手足口病に感染したこと(T_T)

基本的に大人はかからない病気らしいんですが、過去に感染したことがなく、さらに免疫力が低下していると大人でも感染するんだとか。

子供がかかった場合は、上記のようにさほどひどい症状が現れることはないようで、実際、私の1歳と3歳の娘も足裏に2、3個の丘疹が出ていたのみ。本人たちも無自覚で至って普通の日常を過ごしていました。

なのに、大人がかかるとこんなにひどい症状が出るなんて!!

以下、私の闘病体験を簡単にしたためたいと思います。

 

発症(?)1日目

朝、喉の痛みを感じ、だんだん物を飲み込むのがしんどくなる。夜、ものすごい寒気に襲われ「風邪引いたかも!?」なんて思ったのもつかの間、一気に38度超え。その後もすさまじい寒気と関節痛が続き、夏なのに長袖パジャマに靴下、さらに掛け布団を引っ張りだし、布団にもぐりこむ。熱は39.8度まで上昇。自宅にあった解熱剤を服用するも、体中の関節が痛み、高熱による倦怠感でほとんど眠ることができないまま朝を迎える。


発症2日目

薬の効果か、朝には熱が38度台前半に。関節痛の辛さがなくなり、体が楽に感じつつも、喉の痛みがひどく、とりあえず近所の内科へ。扁桃腺が腫れて化膿寸前。胸の音はきれいだし、おそらく喉からくる熱だろう...と、抗生剤と解熱剤を処方してもらい帰宅。昼間は37度台まで熱が下がる。ほっとしたのもつかの間、夜には再び39度まで上昇。育児も家事もこのままではやばいと感じ、広島の母に応援を頼み来阪してもらうことに・・・。


発症3日目

朝には37度台前半に熱が落ち着き「わざわざ母に来てもらったのは早まったか?」と思っていると、左手指にポツッと痛痒い、赤い発疹が1個・・・虫にかまれた??1時間後にはそれが2個、3個と指先を中心に増え続け、昼には手のひらの至る所に赤い発疹が・・・「これはもしや手足口病では!?」この時点で私の本当の病名が確定!!夜には熱は平熱に下がるも、手のひらの痒みが我慢できないほど強くなり、ひたすら保冷剤を握りしめ、溶けたら次、溶けたら次とエンドレスに交換。この作業が朝まで続きました(-д-;)

 

発症3日目 発症3日目

発症4日目

手のひらの痒みがややおさまり始めた頃、今度は足裏に違和感・・・予想通り足裏も指先を中心に赤い発疹が急増殖。手のひらと同様、夜には足裏の痒みがひどくなり、冷えぴたを足裏に貼ってみるも効果なし。そこで靴下を履き、中に保冷剤を投入。手のひら以上に足裏の痒みは悶絶もの・・・(>д<)もがき苦しみながらの夜明けとなりました。

 

 発症4日目 発症4日目 

発症5日目

眠れない日が続き、体はふらふら・・・。手も足も真っ赤になりながら、ようやく痒みのピークは超えた模様。しかし、まだまだ試練は続く。赤い発疹は赤黒く変色し、どうやら痒みよりも痛みが強い、次のステージに進んだ様子。発疹は激痛へと変化していく。少なからず痒みを伴う発疹も現れ続けていたため、どこが痒くてどこが痛いのか判別不能。昼には手のひらは物に触れると激痛が走る状態になり、箸も持てず・・・結局、母と3歳の娘に食事を食べさせてもらいました(‐‐;)そして、一番激痛を感じたのは洗髪!体中に電気が走るかのような激痛でした・・・仕方なく、これまた母に洗髪してもらうことに。夜には足裏も物に触れると激痛が!歩くのはまるで剣山を踏みしめているかのような拷問状態(>д<)ハイハイしようにも手のひらもアウト・・・一歩一歩引きずりながら、まさしくゾンビ状態でした。自分では何もできず、母に来てもらったのは大正解。ほんと感謝感謝ですm(__)m


発症6日目

痒みはほぼ消滅。痛みもピークを過ぎたのか、指先を使うのはまだ無理だけど、なんとか物も持てるように。歩行も我慢すればなんとか普通に歩けるまで回復。ただし手のひらも足裏も赤黒い発疹がまだらに広がり、見た目はかなり気持ち悪いグロテスクなことに・・・。


発症7日目

痛みもほぼ完全消滅。手のひら・足裏とも発疹部分が硬くなり、表面はボコボコ。赤黒かった発疹は茶色を帯び始め、グロテスクさは継続。とても人様には見せられない状態。しかし、なんとか家事もこなせ日常生活を送れるまで回復する。


1週間後には湿疹部分の皮がボロボロめくれ始め、これまた人様には見せられない汚い様相を示し、完全に元の状態に再生するまでには、さらに1週間は要したでしょうか・・・。どれもほぼ丸一日苦しめられる症状で、それが順を追ってやってくるので、終わりの見えなさに愕然とさせられます。

 

以上、私が体験した二度とかかりたくない手足口病の体験記です。今後、手足口病を発症した大人の方の参考(心構え?)になれば幸いです。ちなみに、この他にも激痛の後に口内炎が現れ、あまりの痛さに食事が出来なくなるパターンや、湿疹が爪の下に出来たせいで爪が変形したり、脱落して剥げてしまう、なんていうパターンもあるらしい・・・。子供のかかる病気だからと言ってなめてかかると痛い目にあいますよ~!!

 

薬局 Y.S

 

2011.12.14

年末年始のお知らせ-医療福祉相談室-

今年は日本が大きく揺れ動く激動の一年でしたが、この職場で無事に過ごせましたのも、皆さんのご支援のおかげでございます。

 

大変、感謝しております。

 

尚、年末年始の医療福祉相談室の休業期間は下記の通りです。

 

【年末年始休業期間】

12月31日(土) ~ 1月3日(火)

<但し、入院相談は12月29日(木)まで>

 

新年は1月4日(水) 午前9時 ~ 午後5時となります。

 

受診について、入院について、医療費が心配など・・・

様々な相談は1月4日(水)からとなりますので、何卒宜しくお願い致します。

 

お猿さん

(C)MPC

 
医療福祉相談室

 

2011.12.07

混浴古今東西

筑豊の炭鉱画家である山本作兵衛さんの作品に混浴の絵があります。

 

なんとも淡々としてまたほほ笑ましくもあります。

 

きつい仕事の後、やれやれと男女が一緒に汗を流すのは形式ばらない大阪人でも想像できないでしょう。

 

例えば、医師や看護師らが帰りにわけあいあい風呂につかるなんて。

 

しかし、混浴が少なくない東北地方では職場単位で温泉に出かけ一緒に入ったりもします。

 

初めは信じられませんでしたが郷に入ればですぐに慣れ何回か行きました。

 

それでかどうか、和歌山の川湯温泉も混浴で高齢の先生達でしたが一緒しました。

 

固定観念は禁物で人は初めは圧倒されていても簡単に変わってしまいます。

 

明治までの銭湯は混浴だったし、今でも西日本の村では田んぼ帰りに共同浴場に数人で入るようですから。

 

害のないことなら簡単に本来に戻れるのでしょう、よく言うハレとケです。

 

大関バルトの出身地でもあるエストニアでは友人宅で奥さんと高校生の娘さんの4人で家のサウナで一汗流そうと言われてひっくり返りました。

 

すると、ああ外国人だったねと笑って母娘は居間に戻りました。

 

北欧などでは家族であるいは仕事帰りにみんなでサウナに入るとのことです。

 

ドイツでも友人にサウナに誘われ、先に1人で入ってると金髪美人が2人前も隠さずに入って来るではありませんか、しまった女湯やった、痴漢でタイホされると震え上がりましたが、ほどなく友人も来たので混浴を悟った次第です。

 

概してヨーロッパは緩いようで、日本より自然かもしれません。

 

中東は知りませんが100%アウトというか死刑の恐れがあります。

 

中国各地にはよく行きますが混浴は聞いたことありません。

 

幼稚園でも着替えはキッチリ男女別だからあり得ないはずです。

 

世の中はますますグローバル化が進みますがどこの人とも裸の付き合いは際どいところでしょう。

 

温泉マーク 

 

医局

 

2011.11.30

こんにちは

こんにちは!!栄養課です。11月に入りすっかり寒くなりましたね。皆様風邪などひかれていませんでしょうか?今年は暖かい日が長く、紅葉が遅いとの話でしたが、先日京都へ紅葉を見に行ってきました。

 

紅葉

 

まだ部分的ではありましたがキレイな紅葉を見ることができました♪

 

紅葉

 

ここで紅葉についての豆知識★

 

秋から冬にかけて気温の低下とともに、木は葉を落とすために葉と枝の境に離層を形成します。これができると葉と枝の間で水や養分の流れが妨げられてしまいます。この時、今まで葉を緑色に見せていた葉緑素「クロロフィル」が老化、分解されて他の色が現れ始めます。それはカエデやイチョウなど種類により、葉が赤くなるもの黄色くなるものなど様々です。さらにそれが自然の不思議な力により絶妙のバランスで混ざり合う時、見事な紅葉の景色ができあがります。

色合いのすばらしい年もあれば、色づきの悪い年もあります。また、同じ種類の木でも紅葉の進みが早いもの遅いものがあります。紅葉が遅く葉が緑のものが混ざると遠目に見ると紅葉の色合いが悪くなります。紅葉が美しくなるためには気温と太陽の光と水分の3つがポイントとなります。特に重要なのが気温。昼と夜の気温の差が大きいほど紅葉は美しくなります。この温度差によって紅葉のメカニズムが促進され、葉の色合いもよくなり、木々が一斉に紅葉するので美しい紅葉となります。また同じ木でも日当たりの良し悪しでも違いがでる場合もあります。その他、詳しいことはわかっていませんが8~9月にかけての気温や台風の影響などによっても色あいが変わるといわれています。

 

栄養課

 

2011.11.23

 

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