急性期治療を中核にした都市型の精神科病院

医療法人聖和錦秀会 阪本病院

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診療部ブログ

またしても「べてるの家」、そして次の公開研修セミナー

また、べてるのことかと思われてしまうかもしれません。

しかし、なかなか近づけない目標であり、何度でも考えてゆくしかないと思います。

「べてるの風を感じる」講演会の後の二次会でべてるの人たちと過ごしましたが、こちらの当事者さんも一緒にお酒も入っての会は新鮮なものでした。

この居心地の良さはどこから来たのでしょうか。

「べてるの家から吹く風」という本を読んでいたら、田口ランディさんが、「私はこの本を読んで、何かしてあげたい病気から解放されて、一緒に絶望し、一緒に笑えるようになりました」と書かれていました。

向谷地さんが自分の子供たちに語ってきた言葉は、「この時代と、向谷地家に生まれてきたことの二重の不幸を生きなければならない」という事だとこの本に書かれています。

それに倣っていうと、こういった問題意識で生きる事は、「我々は現代の、変わらなければいけない精神科病院に勤めるという事と、阪本病院に勤めるという事の二重の不幸を生きなければならない」という事になるでしょうか。

この向谷地さんの、どんな問題にも逃げずに取り組み、生きてこられた絶望の深さには及び難いのですが、我々なりに立ち向かっていくしかありません。

公開講座でやろうとしていることも、ささやかながら現状に我々の視点で向き合うことです。

昨年11月28日に当院で開催した講演会で、仁愛大学大学院(臨床心理コース)教授三脇康生先生に話していただいた「斜め性」というのは、制度精神療法から見た人間関係の在り方です。

ここでは弱さでつながるといわず、斜めにつながるというのでしょう。 

今月28日に京都大学名誉教授大東祥孝先生に来て頂いて開催する予定の「精神医学再考」についてのセミナーにも同じ狙いがあります。

最後に付け加えたセミナーの呼びかけの文章を見ていただければ幸いですが、精神医学における心身の分裂をいかに克服するか、そして、いかに社会に問題提起をしていくかを考えたいと思います。

べてるの家は宗教が背景にあるから真似ができないなどと言われますが、そうではなく深めていけば近づけるのだと思います。

 

現代の精神医学、精神科治療の問題は何か?(一連の阪本病院主催セミナーへのご案内)

日常診療レベルから、社会的治療体制、学問的レベルまで疑問と困惑が山積していると思われる。

今回、阪本病理学研究所から援助を受けて、公開セミナーを開くに当たり、この困難な状況を解決するのに、的確な問題把握とその処方箋を書けるように、皆さんのご協力をお願いしたい。

 

まず、基本的な問題として、よく言われるように心身の分裂が癒されないで人間の全体像を見失っていることが考えられる。

そこから如何に、bio-psyco-socio-spiritualな全体像を取り戻すか。

まず、出発点として心身の分裂を克服しようとしたアンリ・エイの器質力動論と更にそれを乗り越えようとする八木剛平氏らのネオヒポクラティスムを取り上げてみる。(以下は主に八木の「二十世紀の心身一元論」に依っている。)

エイはベルグソンの哲学を援用しながら、心身二元論の分裂を乗り越える「心的身体」のモデルを考える。

身体と精神は分かたれず重ねあわされ、時間的発展と総合的組織化の内で「人間」にまで形成される。

精神疾患とは「心的身体の組織化」の解体であると考えられる。

そして、19世紀の器質的機械論と20世紀の心理力動論が止揚されるとエイは考える。

器質力動論は一定の評価は得ているが、しかし、ネオヒポクラティスムでは器質力動論が心的身体の組織解体プロセスの陰性条件にのみ働きうる生物学的治療が、まず、何よりも重要とすることに異を唱える。

「エイの治療観はすでに破たんした病因志向的、病理拮抗的な治療思想の延長上にあると思われる」と、回復論的視点の欠如と、「生物学的方法と精神療法的方法との相補的活動について、生物学的治療がまず何よりも重要であるとの仮説は、心の病によってもっぱら心のことを考えさせられている患者にとって、的外れの治療観と考えられるのではないか」と指摘する。

この病因―欠陥志向の問題点は、リカバリー理念のもとますます明らかになっていると思える。

 

そして、八木らは、脳科学の進歩により実体のない「心」が、実体として存在する脳神経細胞によって回路網の活動を通して作りだされることが明らかになり、「スーパーシステム」としての脳が見えてきたことにより意味とか価値とかの理解に近づいてきたという。

また、心的身体は組織化され他の身体と交錯するという。

ここで「他者」「社会」「意味」へ広く展望は得られたかに見える。

しかし、それは可能性にとどまり現実のものになっていないといわざるを得ない。

そこで出来る限りこの可能性を押し広げることが必要ではないか?

対象関係論では、抑うつポジションに至り、「母」の全体像を認識することによって「愛」への目覚めがあり、以後それを巡って成長が続き、「他者」との「関係」の次元が、人と人の「間」が開かれる。

ここに至って、その人全体の中に「問題」「欠陥」を位置付ける可能性が開かれ、思いがけない回復が起こり得る。

八木の言う「自然治癒力」はこういった大きな広がりの中におかれて考えられるべきだと思う。

それは希望の、生きる力の刺激によると言えるし、愛の力によるともいえる。

 

加藤敏氏は、「主体が言語世界に挿入されるという意事は、それと引き換えに主体が自らの存在にとって核になるであろう名付けようのない『もの』ないし存在を喪失し、内的死を経ることで主体が構造化される」とし、この喪失を構造的メランコリーと呼んだ。

この失ったものとは何であろうか?

ベルグソンは「生命全体は、物質の降下運動がそれに逆らう上げ潮のようなものである。」「生命の根源にある超意識は、創造への要求であり、生命の躍動である」という。

回復は、この生命に触れ、力を得る事によるのであろう。

更にその接触から、保護と安全を与える代わりに抑圧的になってしまったある種の自然―社会組織との関係を断ち切り生きる力を得ることができる。

 

これは抽象的な理論ではない。

たとえば、べてるの家の向谷地氏は、病の「苦痛」を「苦労」に変え、苦労を取り戻し、苦労を意味ある「苦悩」に変えて生きる事を提唱する。

降りていき、この「死」「根源的生命」に触れながら生きる事を。

 

かくしてbio-psyco-socio-spiritualに一貫した視点を持つことを提案した。

冒頭に書いたように現在の精神医学、精神医療の問題解決に少しでも役立てる公開セミナーの為のたたき台となることを願い、ご協力をお願いしたい。

 

べてるの家 交流会風景

 

院長

 

2012.01.10

 

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