お久しぶりです。生きてますよ。
1万年と2千・・・・じゃなかった、3ヶ月と27日ぶりです。
この期間の間にいろんなことがありました。(遠い目)
今回は前回に引き続き、周辺の店を紹介しようと思いますが、阪本病院の近況についても書かせていただきます。
まず、阪本病院周辺のお店から紹介します。
近大通りの裏にある「あたらくしあ」という定食屋
場所は私がてきと~に作った地図を参照してください。
・・・下手で申し訳ありません。orz
値段が平均500円で腹いっぱい食べられます。
近大通りの裏にあるからかわかりませんが、学生の客が少ないです。
最近はそんなに行かないのでわかりませんが、前にたまたま行った時には学生の客が多かったです。
・・・広まったのでしょうか?(・ω・)
おすすめは鳥のもも塩焼き定食です。
塩が適度でおいしいです。^^
今回のお店紹介は以上です。
ここからは阪本病院の近況について書きます。^^
・・・若干、今更?って言うやつもあるかもしれませんが、そこは愛敬ください。
では、時系列順に書いていきましょう。
忘年会
以前、本部長に書いていただきましたブログにもありましたがブログ大賞を発表しました。
その場面で私はなぜか、・・・侍の格好をしました。
・・・とても、恥ずかしかったです。(TωT)
新年会
事務部限定で新年会を実施しました。
場所は難波でお店の名前は・・・・忘れちゃいました~。^^
そこで後述するむさし入職のお話がありました。
私は酔っていました~。^^
犬が入職しました。
1月下旬にセラピー犬として、むさしが入職してきました。^^
・・・すごく・・・大きいです。
現在は、研修のため、病院内にいませんが、いた頃は職員、患者さまからすごく可愛がられていました。^^
・・・すごく・・・可愛がられていました。
大事なことなので2度言いました。^^
研修から戻ってくるのは、6月中旬の予定です。^^
そういえば、私の親戚がこじろうって名前の犬を飼っています。
・・・2匹を巌流島で出会わしたら、決闘が始まるのでしょうか?(・ω・)
最後に、ちょこっとだけ書きます。
私が阪本病院に入職して、4か月と24日になります。(病院は入社ではなく入職と言います。)
ご縁があり、今の病院に勤めているのですが、勤め始めてから感じたことを書かせていただきます。
「ΩΩΩ<な、なんだってー!」って思うかもしれませんし、「そんなのわかってたよ(´Д`)」って思うかもしれませんが・・・
・精神病院ってもっと閉鎖的かなって思っていたら、割と解放的だった。
入職前は患者さまが外出不可能だと思っていましたが、割と患者さまが外出する機会は多いです。
院内には庭がありまして、そこで患者さまがたばこを吸ったり、庭近くの売店で買い物したり、野球したりと、結構思っていたよりも自由に動けるのだなって思いました。
一番驚いたのは、治療の一環で隣駅のデパートまで買い物に出かけることができることでした。(もちろん、同伴者はいます。)
この時は、私を含む3名が院内広報誌の撮影で同伴させていただきました。(・ω・)
患者さまは職員と一緒に買い物を楽しんでおられました。
この時、研修で来られていた学生も患者さまと一緒に買い物をしていました。
皆様、とても楽しそうでした。^^
全然、ちょっとじゃないですね。orz
次の更新は・・・・夏直前ですか?(・ω・)
診療情報管理室 鄭 真
エコについて
エコについて
最近よくエコという言葉を耳にします。
CO2排出量を減らすには、いろいろあると思いますが身近な所で自分が出来る範囲の環境にやさしいエコライフについて
家庭でのシンクの掃除のとき
今まで生ゴミで捨てていたじゃがいもの皮をシンクの汚れ落としとして磨くとじゃがいもに含まれるでんぷんが、クレンザーの役目をしてピカピカになると聞き、実行してみました。簡単に汚れが落ちピカピカになりました。
洗剤を使用しないので、水も汚れないし立派なエコですよね。
省エネ対策についても
雑誌で湯たんぽの記事を見て、私も以前にいただきものの湯たんぽを持っている事を思い出しました。暖房の温度設定も大切ですが、湯たんぽに70度ぐらいのお湯を注ぎカバーをすると熱くないし簡単で安全で経済的。昔とちがい足だけでなく全身を温めることができます。
最近は色々な大きさの物やとてもおしゃれな物が販売されていますよね。
ほかにも日常生活の中で、楽しみながら環境問題に取り組む事が出来るので是非、エコなことを考えてみてください。
リサイクル
秘書室
感激!観劇記
音楽サークルのブログに歌舞伎のことを書くというのはどうか、という意見があるかもしれませんが、歌舞伎も浄瑠璃や義太夫の三味線、舞踊など、非常に音楽的な要素をもつ演劇です(なのでいいでしょ?音楽サークルのみんな)
最初は、部署のブログに書こうと思っていたのですが、うちの部署で飼っている黒猫のジョンが「おれにもブログ書かせろニャー」とうるさいので、部署のブログのスペースをあげました。
・なんで歌舞伎?
江戸文化への興味から、テレビで放映している歌舞伎を見だしたのが10年以上前。とはいえそれほど熱心ではなく、正月にNHKでやっている歌舞伎中継をビデオに録る程度でした。なので、舞台に行ったことはなく、ほとんど初心者程度の知識しかありません。
それが、ふとしたきっかけで、実際に歌舞伎を観に行こうと決心したのでした。
1月14日に大阪松竹座へ行ってきました。題目は「仮名手本忠臣蔵」。通しです。昼の部と夜の部ぶっ続けで観ると約9時間(幕間含む)の長丁場です。なかなか座り心地のいい椅子でしたが、すっかり腰を痛めてしまいました。
さて、知らぬ人はいないこの「忠臣蔵」という話ですが、意外と知られていないのが、実際の忠臣蔵の登場人物との名前の違い。江戸時代に公演された歌舞伎は、当時の為政者である武士をそのまま芝居の中に登場させることはご法度。武士の関係する実在の事件を描くときは、過去の時代に一度変換して、登場人物の名前を歴史上の人物の名前に置き換えるというのが定石だったようです。ただし、風俗は初演当時のものになるので、今からみると時代考証的にへんてこなものになってしまいます。
「仮名手本忠臣蔵」では、「太平記」の世界を借りています。したがって、浅野内匠頭は塩谷判官(えんやはんがん)に、吉良上野介は高師直(こうのもろのう)として、舞台に登場します。
・切符の買い方
なかなか初心者には敷居が高い歌舞伎ですが、まず、ここはクリヤーしなければなりません。今はWEBでチケットを購入できます。今年の5月より新しくチケット購入方法が変わるらしく、さらに買いやすくなるみたいです(詳しくは大阪松竹座のWEBを確認してください)。ただ、私がチケットを買った時点では、WEBでの購入はクレジットカードが必要だったので、クレジットカードが必要でない、電話での購入にしました。ただし、電話での購入は事前にチケットを劇場に取りに行かなければなりません(1000円で宅急便もできるそうですが)。
とりあえず、歌舞伎はおろかほとんど劇場に足を運んだことがない私にとってチケット購入は不安があったのですが、意外と簡単だったのが感想です。電話では、オペレーターの聞かれるままに答えれば簡単に予約できます。座席の場所とかも丁寧に説明してくれるので、メモを取っておきましょう。
・チケットの値段
一般的に"高い"と思われている歌舞伎のチケットですが、率直な感想を言わせてもらえれば、やはり"高い"と言わねばなりません。3等は安いから買いやすいといわれていますが、確かに3等なら安いと思いますが、いちばん客席数の多い1等席はなんと15,750円もします。昼と夜の部を通して買うと3万円以上もします。そういった席が最も多くポピュラーだとすると、歌舞伎ってやっぱりお金持ちの娯楽?という感じがしてしまいます。
ちなみに1等は一階席(15,750円)、2等は二階席(8,400円)、3等は三階席(4,200円)になります。三階席はいわゆる"大向こう"と呼ばれているところで、常連客が多く、「山城屋!」などの掛け声がかかるのもここからです。
私が買ったのも3等だったので、かなり近いところから掛け声がかかるのに最初はびっくりしました。
・食事は...
開演前に、劇場前で幕間の弁当やお食事の予約を受け付けています。大阪松竹座の地下が食堂街になっていて(松竹座アイル)、予約をしておけば、幕間に料理を用意しておいてくれてお店に行くと座席まで案内してくれます。私が入ったのは「たちばな」というお店でした。30分しかなかったので急いで食べなければなりませんでしたが、おいしかったです。
・見どころ
芝居の独参湯(どくじんとう:漢方の気付け薬)と言われ、東西でよく演じられる仮名手本忠臣蔵ですが、今回の公演では、上方演出であるということを強調しています。また、めったに上演されない十段目「天川屋義平内の場」も注目すべきところです。
さて、予備知識はこれぐらいにして、舞台を観ていきましょう。まずは大序から。
・大序(だいじょ)鎌倉鶴ケ岡兜改めの場(かまくらつるがおかかぶとあらためのば)
幕が開く前に口上人形が出ます。仮名手本忠臣蔵は本来人形浄瑠璃の演目だったのでその名残だということです。ユーモラスなつくりで、配役などを読み上げていきます。口上が終わると人形が退き、その後幕が引かれますが、引幕で中央から左右に開けるというのは大阪式だということです。その幕の引き方は、その役割のひと(なんて言うのだろう)にとっての腕の見せどころで、最初はゆっくりと、だんだんと引き方が早くなっていきます。図を参照ください。なんとなく、怖いピエロが笑っているような感じに思えました。
その後始まる大序は非常に儀式色の強い1幕で、いろいろなきまりがあるそうです。大序は時代物の人形浄瑠璃には必ずあるものですが、人形浄瑠璃から歌舞伎に移植された演目のうち、大序をするのは仮名手本忠臣蔵ぐらいとのことです。
・三段目 足利館門前進物の場(あしかがやかたもんぜんしんもつのば)
同 殿中松の間刃傷の場(でんちゅうまつのまにんじょうのば)
塩谷判官が刃傷に及ぶ遠因は塩谷判官の妻、顔世御前(かおよごぜん)に対する高師直の懸想にあります。高師直はとにかくいやらしくていやな人物として描かれていますので、塩谷判官の同僚の桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)も激怒して高師直を斬ろうと狙いますが、桃井家の家老、加古川本蔵(かこがわほんぞう)の機転によって事なきを得ます。しかしそのために高師直の関心が塩谷判官に向かい、塩谷判官をいじめ抜くのです。
この場面で、高師直がどれだけいやらしく塩谷判官をいじめ抜くのかが、見どころでしょう。塩谷判官は一時の激情のため、家がとりつぶされてしまう短慮の主君ともいえるわけで、そのことで非難されても仕方がない人物でもあるわけです。こういう人物を悲劇の登場人物に仕立て上げるには、塩谷判官が松の間で刃傷に及んだ事情を観客に徹底的に納得してもらう必要があります。だから、この場は非常に大事で、高師直が切られて当然の相手だと思わせれば思わせるほどいいわけです。
しかし、この桃井家の家老加古川本蔵、高師直の関心を塩谷判官に向かわせてしまうのも、高師直に切りつけた塩谷判官を止めるのもこいつです。すべての元凶であるといえるでしょう。けれどもこの人物、最後の方で意外なところに絡んできます。また後述します。
・四段目 扇ヶ谷判官切腹の場(おうぎがやつはんがんせっぷくのば)
同 城明渡しの場(しろあけわたしのば)
通さん場ともいわれるそうで、開始すると30分、観客の出入りをストップします。開始までにきっちりとトイレやらなにやらを済ませておく必要があります。判官切腹の場面は、儀式的に厳粛に進んでいきます。なんとなく、古いフランス映画の「暗黒街の二人」(アラン・ドロン、ジャン・ギャバン)を思い出してしまいました(なぜかはこの映画のストーリーにかかわるので、観ていない人のために言わないでおきましょう)。
塩谷判官切腹の場面は正式な作法に則って行われます。ここでも上方式が若干あるようです。意外に思ったのは介錯人がいないことですね。9寸5分(くすんごぶ)の腹切刀で本当に腹を切り、最後に喉をついて絶命するという形になります。実際は、当時すでに切腹は形骸化しており、腹切刀を取ろうとしたところで介錯人がバッサリ、というのが普通だったようです。また、腹切刀ではなく扇子を用意することもあったようです。浅野内匠頭もいずれかの方法で切腹したのは間違いありません。ちなみに、46士(寺坂吉右衛門を除く)の切腹も同様の方式だったようですが、1人実際に腹を切った義士がいます(間新六)。
・五段目 山崎街道鉄砲渡しの場(やまざきかいどうてっぽうわたしのば)
同 二つ玉の場(ふたつだまのば)
ここから話はガラッと変わります。時代ものから世話物に変わり、いわゆるお軽勘平の悲劇の話になります。ここで出てくる斧定九郎は色悪(男前の悪党)として描かれることが多いのですが、今回の仮名手本忠臣蔵では原作とおなじ、山賊風のいで立ちで現れます。
この前に道行旅路婿入(みちゆきたびじのはなむこ)が挿入されることも多いのですが、原作にはないからか、今回は省略されています。また、勘平、お軽に関する場も省略されているので、2人がなぜここで生活しているのかがわかりにくいですね。実は勘平は塩谷家の家臣、お軽は腰元だったのです。2人で逢瀬を楽しんで、主君塩谷判官の大事に居合わすことができなかった勘平は一度は自死しようと思いつめますが、その後思い直しお軽と駆け落ちします。だからお軽の実家で生活しているというわけです。斧定九郎は塩谷家家老斧九太夫の落ちぶれた息子という設定です。
斧九太夫は実在の大野九郎兵衛をモデルにしていますが、事実ではこの大野九郎兵衛、城明け渡しが済むとさっさと逐電してしまいます。そのためか悪役として名を残してしまったのですね。かわいそー。
・六段目 与市兵衛住家勘平腹切の場(よいちべえすみかかんぺいはらきりのば)
誤解が悲劇を生むというよくあるパターンです。観客は事情を知っているので、何とかなりそうなものなのに、とつい思ってしまうのですが、悲劇は避けられないのです。
この早野勘平には実在のモデルがいます。殿中刃傷の第一報を知らせた萱野三平がそうです。六段目と同じく、討入前に切腹して果てましたが、実際の理由は親からの任官への勧めとの板挟みになったせいです。
・七段目 祗園一力茶屋の場(ぎおんいちりきぢゃやのば)
歌舞伎には一つの場面にたくさんの人物が出てきます。衣装も美しいので、絢爛豪華な雰囲気が醸し出されますが、実際焦点があてられる登場人物はせいぜい2、3人がいいところ。他の登場人物は何をしているかと言うと、ただ、じっとしているだけです。観客の目があるわけですから、焦点が当てられていないといって動くことはできません。かゆいからといって頭を掻いたり、背中を掻いたりできないわけですね。当然、昨日よく寝ていないからといって、うとうとするわけにもいきません。このあたり、脇役の方の大変さに頭が下がります。
で、この場ですが、ここで一番大変なのはだれかと言えば、斧九太夫をおいてほかにいないと思います。なにしろ、最初の方で縁の下に忍び込んだまま、ずっとお軽とその兄平右衛門、お軽と由良之助のやり取りが延々と続くのですから。斧九太夫の役柄としては、たぶん寝ていますね(四段目で居眠りしたという前歴がある)。実際はいつの間にか着物だけになっていて、役者さんは出番まで奥にひっこんでいるみたいです。
お軽という役柄は創作ですが、内蔵助の身の回りの世話をしたお軽という18歳の女性が本当にいたそうです。なんと内蔵助、このお軽を孕ませています。
また、内蔵助が遊興したのも事実で、伏見の撞木町遊郭で遊んだとのことです。しかし、吉良のスパイの目をくらませるのが目的ではなく、本当に遊び好きだったのと、旧赤穂藩士内の過激派の突き上げによるストレスが原因という説が主流のようです。
・八段目 道行旅路の嫁入(みちゆきたびじのよめいり)
舞踊は苦手なのですが、華やかで背景の美しい一幕。ここの嫁入は加古川本蔵の娘小浪(こなみ)で、京都山科の大星力弥へと嫁ぎます。えっ、主君にとっては仇ともいえるあの加古川本蔵だって。そうです。主君の刃傷、切腹や刃傷の場での加古川本蔵の役割でおじゃんになったはずの縁談なのですが、母娘はわずかな希望にすがって、京都山科へと向かうのでした。なので、嫁入りということでのわくわくするような期待感が漂いながらも、かすかな不安が影を落としているという場になっています。
ここは緊張した舞台の合間の息抜き的な場面になっているわけですが、次の場面への重要な伏線にもなっています。しかし、この場面を受けて展開するはずの九段目は今回上演されませんでした。九段目「山科閑居の場」では、加古川本蔵が出てきて、かつての自身の役割の汚名を雪ぐような活躍をします。
普通省略されるところで、今回も省略されていますが、二段目では加古川本蔵とここで出てくる娘小浪と妻戸無瀬(となせ)、主君桃井若狭之助との関係が演じられます。今回上演されていない二段目、九段目の内容をみると、加古川本蔵が、赤穂義士にとっては仇に近い存在でも、実に主君思いで頭の切れる家臣で、かつ家族思いで義侠心もある、素晴らしい登場人物であるように思われます。なのに、せっかくの活躍の場を省略されているのは残念ですね。
・十段目 天川屋義平内の場(あまかわやぎへいうちのば)
「天川屋義平は男でござる」という名文句は、この十段目を見るまでにも聞いたことはありましたが、めったに上演される場ではないことは知りませんでした。ここまでは、あくまで武士の世界での話です。しかし、当時の観客のほとんどは、町人階級の人達ですから、そういう人たちの琴線に触れるには、同じ階級の人間の"義"を描かなければなりません。実際の討入事件に関しても、その資金の出どころについて良く分かっていないところも多く、天川屋義平のような裕福な商人からの援助もあったのでしょう。討入時の合言葉が"あま""かわ"になったのが、天川屋義平の活躍によるものだというのはご愛敬ですが(史実では"やま""かわ"です)。
・十一段目 師直館表門討入の場(もろのうやかたおもてもんうちいりのば)
同 広間の場(ひろまのば)
同 柴部屋本懐焼香の場(しばべやほんかいしょうこうのば)
とうとうやってきました、討入りの場面です。ただ、この場面がないとしまらないものの、この仮名手本忠臣蔵の本質は討入りまでに至るさまざまな人間群像を見せること。なので、この場面もそれほど長くはなく、簡単に流すような感じです。
最後焼香の場で、勘平の財布を出すところは泣かせるところですね。焼香の場で終わるということは、この狂言全体が何か一つの儀式であるという感覚を与えさせてくれるようです。四段目の通さん場にしてもそうですが、観客も何か厳粛な儀式に参加しているような、そういう錯覚を起こさせるような作りになっていると思います。
・全体として
ざっと最初から流しましたが、忠臣蔵の話はあまりにもポピュラーなので、基本的なストーリーはご存じのものとしています。ただ、若い人の中にはわかりにくい部分があるかもしれません。参考文献を挙げていますので、興味がある方はあたってください(本当は私もそれほど知っているわけではありません。せっかく歌舞伎を観に行くので、そのために調べた部分も多々あります)。
歌舞伎を観て思ったことは、観客と舞台の上の間が非常に近いように感じることですね。大向こうからの掛け声もそうですが、役者がその本領を発揮するようないい場面になると、何度でも、すぐに拍手が沸き起こります。花道も含めた非常に立体的な空間のなかで演じられるので(時には観客の上の空間もその舞台の一つとして用いられるのです。つまり宙乗りですね)、一方向である観客と舞台との間にある垣根が取り払われて、舞台で演じられている狂言の一部に自分がなっているような錯覚を起こさせるような気がします。つまり、より感情移入しやすい環境にあるといえるでしょう。
・史実の舞台化(ちょっとした蘊蓄をどうぞ)
赤穂浪士討入事件が起こった後、時を待たず舞台化されました。歌舞伎の方では曽我物の中に含めて上演しましたが、すぐに禁止されたそうです。浄瑠璃では事件から1年後の宝永元年「難波染八花形」が最初のようですが、事件から5年を経て上演された近松門左衛門作「碁盤太平記」は舞台として太平記の世界を借りてくることや、刃傷の原因など仮名手本忠臣蔵の成立に最も影響を与えたとされています。
ただ、「碁盤太平記」では、大星由良之助の妻と母が後顧の憂いのなきようにと自殺したり、四十七士の切腹が描かれたりと、仮名手本忠臣蔵とは異なる点もあります。
・最後に
ほぼ初心者がこんなにえらそうなこと書いていいのかしら?とも思ったのですが、初心者だからわかる面白さのつぼっていうのもあるかもしれません。いかがでしたでしょうか。どれだけ面白かったか、その思いが通じましたでしょうか?
知識不足と勘違いによる間違いがありましたら、どうかご容赦を。
・参考文献
「歌舞伎の魅力大辞典 歌舞伎」 講談社 昭和54年
「『忠臣蔵』にヒーローはいなかった!」菊池明 講談社 平成21年
「忠臣蔵」野口武彦 筑摩書房 平成6年
「忠臣蔵とは何か」丸谷才一 講談社 昭和59年
「碁盤太平記」(「近松門左衛門集 中」 朝日新聞社 昭和49年)
「仮名手本忠臣蔵」(「新編日本古典文学全集77 浄瑠璃集」 小学館 平成14年)
音楽サークル
井上雄彦 最後のマンガ展
いつものことながら、気がつい時にはブログ記事の提出期日直前で焦っています。
と、言うことで朝から何を書こうか悩んでおりますが、いくら悩んでも妙案が浮んでくるはずもなく時間だけが刻々と過ぎております。(ただ今、PM4:50です)
と言う事で悩んだ結果、タイムリーと言えばタイムリーな話題ですが、先日行ってきました、漫画家井上雄彦さんの「井上雄彦 最後のマンガ展」について話してみたいと思います。
現在、天保山のサントリーミュージアムにて3月14日まで開催しております「最後のマンガ展」ですが、「バガボンド」の関連作品が140点展示されておりました。
※「バガボンド」とは漂流者、放浪者の意。
簡単に言うと宮本武蔵のストーリーを井上雄彦流にアレンジを加えた作品です。(詳細は実際に読んで下さい)
あえて「宮本武蔵」とタイトルを付けなかったのはこの話に対する先入観を読者に持って欲しくなかったからだそうです。
いや~、あれはもはや漫画の域を軽く超越しております。
ホントに凄い、いやそんな言葉では陳腐過ぎますね。
まず入り口に大きな武蔵が書いてありますが、見た瞬間にテンションが↑↑↑↑りました。
何と言いますか、井上雄彦さんが自らの魂を削り、それが形になった作風と申しますか・・・(上手く言えませんけど・・・)
とにかく、表情がリアルで人間の細かな表情の変化が見事に描かれていました。
作品を見ているとその絵の前から少しの間動けなくなりますよ、ほんとに。
大袈裟と思われるでしょうが、男性なら共感してもらえるかも・・・?
会場全体「バガボンド」の世界観を損なわないように極めてシンプルに表現されており、無理やり彼氏に連れて来られているであろう興味のなさそうな女性も作品を見たとたん、一言も発することなく見入っていました。
それだけ人の目を、心を引き付ける「力」があの作品にはあるんだなぁと思いました。
NHKのドキュメントで井上雄彦さんの特集を見たのですが、まさに産みの苦しみというか、鬼気迫る表情で書いておられました。
しかも、全作業を一人でこなしているようです。
また、ある時期から通常使用するペンでの描写に限界を感じ、場面全体の雰囲気を変えるため筆と墨のみで作成をされていますが、またこの筆が絶妙なタッチで絵に深みをもたらせてくれています。
とまぁ私がつたない説明をするよりも是非皆さん実際に「井上雄彦 最後のマンガ展」、行ってみて下さい。
男性は行かないと一生後悔しますよ。
女性は騙されたと思って行って下さい。
道頓堀に掲げられている大きな武蔵も一言「来い!」と言っていますからね(笑) ←これ分かる人には分かりますよね?
総務課

