日本の精神医療史
もともと中国の政治制度を輸入した平安時代の日本では、身体障害や精神障害がある場合、租庸調といった税制面で優遇措置がとられていました。また律令制度上では侍丁と呼ばれるホームヘルパーを派遣することになっていました。もっとも実際の運営では給料を出すゆとりもなかったので、家族や近隣者の中から侍丁を選んで税を軽減することで給料の代わりとしていたようです。
治療の面では神社やお寺の宗教的な活動としてサポートがありました。基本的には加持祈祷といった呪術的な要素の濃いものなんですが、それと組み合わせて薬草の調合がされていたようです。日本のお薬の神様はスクナヒコナなのですが、彼の名が付けられた「少彦の薬根」と呼ばれるセッコクという薬草は鎮静作用を持っています。また中世になると、薬師如来信仰と漢方薬が結び付いて輸入され、中国帰りの留学僧たちが新しい治療法を持ち帰ってきました。治療は長期にわたるものなので、寺院の近所の民家で寝泊りし、よく眠ては温泉に入る生活だったようです。いつの時代でもリラックスがなによりの治療法でした。
702 大宝律令、有疾者への課役免除。侍丁(看護者)の支給
1068 京都岩倉大雲寺、灌滝による癲狂者治療
1494 三河国、光明山順因寺(現羽栗病院)、漢方薬による癲狂者治療
1599 本多左内、泉州の浄見寺に爽神堂開基(現七山病院)。灸法による施療
1722 初の官立療病院として小石川養生所開設
1796 永井慈現、越後(新潟加茂市)に鵜森狂疾院設立(後の永井精神病院)
1808 武田一逕、安芸の竜口山神福寺(後の武田精神病院)にて漢方による施療
1840 山本秀詮、岐阜の鉄塔山天上寺にて催眠効果による施療
1846 奈良林一徳、江戸川小松川にて狂疾治療所開設(後の加命堂病院)身寄りのない精神障害者は、寺社が保護施設として機能し、祭務や医療活動の補助、清掃、私的警察機関として仕事を与えています。「宮籠」と呼ばれ、精神障害者だけでなく戦災者や伝染病者も含まれていました。 ただ戦国時代になると寺社勢力が独立国家としての性格を帯びてきたため、織田信長以降、荘園などの経済的基盤を寺社から失わせ弱体化させる政策が展開され、住みにくい世の中となり、五人制の強化により1800年以降は共同体による監禁が始まります。さらに明治時代になると、近代化のために伝染病患者の隔離が急務となり、その延長として精神病者も隔離の対象となります。私宅への監禁が、なかば義務化されます。 しかし相馬藩藩主誠胤が監禁され死亡する事件が契機となり、私宅監禁から「精神病院」への監禁が国策として施行されます。精神病院への入院を「監禁」としてとらえる監護法と、「治療」としてとらえる精神病院法とが並存しながら、その矛盾を抱え戦争の時代へと突入していきます。
1868 明治元年
1871 京都府愛宕南禅寺に、京都府療病院付属癲狂院設立
1879 長谷川泰、東京府癲狂院(現松沢病院)設立
1883 相馬事件(〜1895)
1884 大島甲子太郎、京都愛宕郡岩倉村に、岩倉癲狂院設立
1892 阪本元良(阪本三郎の父)、大阪癲狂院設立
1900 精神病者監護法公布。感化法(私立救貧施設の容認)
1901 呉秀三、東京府巣鴨病院医長就任。拘束具の禁止や作業療法導入など改革
1917 マラリア療法始まる(ワグナー・フォン・ヤウレッグ)
1919 精神病院法公布(代用精神病院基準)
1922 持続睡眠療法始まる
1933 インシュリン・ショック療法始まる(マンフレッド・ザーケル)
1936 ロボトミー法(前頭葉切除手術)発表される
1937 電気ショック療法始まる(セルレッティ)
1940 国民優生法公布戦時中は食糧不足のため病院閉鎖となったところが多いそうです。またドイツではナチスが「安楽死」の名目で10万人近い精神障害者を殺害している暗黒の時代でした。
やがて日本は戦争に負け、戦後の混乱が落ち着いてくる中で、再び精神病の治療がクローズアップされてきます。様々な薬物療法が開発されたのもこの頃で、精神病も不治の病ではなくなり欧米では在宅治療に切り替わっていくのですが、日本では1964年、ときの駐日大使ライシャワー氏が分裂病の青年に刃物で刺傷される事件が起こり、再び精神病者の「隔離」が国策となります。アメリカへの面目を気にした日本政府は精神病院の開設基準を緩和し、劣悪な環境の精神病院乱立を招きます。
このことは、入院患者を病院職員がリンチで殺害した宇都宮事件を引き起こします。精神病院が治療機関として機能していないことを白日の元にさらしました。この反省から1988年に、入院患者の人権を尊重し社会復帰を支援する精神保健法が制定され、現在に至っています。入院は本人の意思によることと、電話や通信のプライバシーを保護することが原則とされています。
1945 終戦
1950 精神衛生法公布
1950 イミプラミンの抗鬱作用発見
1952 国立精神衛生研究所設立
1954 レセルピン療法発表
1958 ハロペリドールの抗精神病作用発見
1964 ライシャワー事件。東京オリンピック
1965 精神衛生法一部改正
1965 全国精神障害者家族連合会発足
1970 朝日新聞「ルポ精神病棟」連載
1970 心身障害者対策基本法公布
1984 宇都宮病院事件
1988 精神保健法施行
1995 精神保健法改正、「精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」となる
![]()